急性心筋梗塞に対するPCI中に、冠動脈の閉塞部をバルーン等で開通させたにも関わらず心電図のST変化やバイタルが増悪することがあります。
これは冠動脈の再灌流障害が発生していることが考えられ、早急な対応を取らなければ心停止の恐れもある危険な状態です。
今回は心筋梗塞に対する再灌流量障害の原因やメカニズム・対応策について考えてみたいと思います。
目次
再灌流障害とは
冠動脈には心筋に対して血液を供給するといった重要な役割があります。
プラークや石灰化などで冠動脈が閉塞してしまうと、心筋は虚血(血液の供給がストップすること)に陥ってしまいます。
短時間の虚血であれば、組織は可逆的に回復する見込みがありますが、長時間の虚血となると血液の供給を再開しても不可逆的な障害が残ってしまいます。
そればかりか標準的なPCIの手技として冠動脈の閉塞部をバルーン等で開通させ、血流を再開させたことがきっかけとなって心筋障害が増悪する場合があります。
これを冠動脈の再灌流障害と呼びます。
再灌流障害が発生した時は、激しい心電図変化、血圧の低下、心拍数の低下などが発生し、しかも急激なスピードで増悪していきます。
再灌流障害の原因とメカニズム
「再灌流障害の原因は、虚血再灌流時に大量発生する活性酸素が連鎖反応を生み、細胞内カルシウム濃度の異常上昇から細胞が壊れていく」
結論から言うと、私はこう理解しています。これをもう少し詳しく説明します。
・冠動脈の閉塞により、心筋が虚血に陥る。
・PCIの手技により閉塞が解除され、再灌流を得る。
・組織で活性酸素(スーパーオキシドラジカル)が大量に産生される。
・活性酸素がミトコンドリアの膜透過性を亢進させ、水素イオンが流入してくる。(また、活性酸素自体が組織を障害することもある。)
・これによりミトコンドリアが膨張して形態的に崩壊する。
・ミトコンドリアによるATP産生が行われなくなり、カルシウムATPアーゼ(ATP分解酵素)の活性が低下し、細胞内カルシウム濃度が異常に上昇する。
・虚血再灌流後の細胞内カルシウム濃度の上昇は、さらなるミトコンドリアの膜透過性を亢進する。
・細胞内カルシウム濃度の異常上昇は、細胞内膜や細胞内蛋白を障害し、最終的に細胞死(ネクローシス)となって臓器障害を引き起こす。
これが再灌流障害のメカニズムとされています。
さらに活性酸素は一酸化窒素(NO)の合成を阻害します。
NOは血管を拡張させる作用があるので、これが阻害される事により血管が収縮し更なる冠動脈血流の低下を引き起こします。
後負荷上昇により心拍出量の低下を招き、再灌流障害が増悪するとも考えられています。
活性酸素について補足
上記について、再灌流時に大量発生する活性酸素が再灌流障害を引き起こす原因の1つと説明していますが、もう少し補足させて下さい。
「活性酸素は虚血再灌流時にしか発生しないのか?」と言われると、そうではありません。
活性酸素は生体内で産生されており、本来はその酸化作用による殺菌効果を発揮し生体を守っています。
さらに生体は活性酸素に対する内因性の防御機構も備わっており、生体を守るための活性酸素が宿主に対し攻撃を仕掛けたとしても、今度はこの防御機構が活性酸素を抑え込みます。
虚血再灌流時に再灌流障害が発生するのは、活性酸素が内因性の防御機構の能力を超えて大量に発生しているか、防御機構の能力が著しく低下している為と考えられています。
再灌流障害の対応策
前述した通り、再灌流障害発生時には冠動脈の収縮から冠動脈血流量が低下します。
再灌流障害が発生した時にはとにかく冠動脈を拡張させ冠動脈血流を改善させることが重要であり、対応策としては血管拡張薬を投与します。
また、徐脈症状が出ている場合は心拍数を上昇させる薬剤も使うことがあります。
シグマート
一般名:ニコランジル(Kチャネル開口薬)
血管平滑筋細胞のATP感受性Kチャネルを開口し、血管の平滑筋細胞を弛緩させることで末梢循環を改善させます。
また体内で代謝されることで一酸化窒素(NO)を生成し、NOが血管拡張に作用します。
ニトロプルシドや硝酸イソソルビドと比べると血圧下降作用が弱く、冠動脈の末梢循環の改善のために使用されます。
〈使用例〉
2V(=24mg)を3号液200mLに混和し、10mL(1.2mg)を冠動脈内へゆっくり冠注する。
〈注意点〉
・Kチャネル開口作用の為、冠動脈に急速に投与することで心筋収縮の低下をきたすだけでなく、VFが生じることもあるので、心電図変化に注意する。
・投与中より血圧低下が生じることがある為、注意する。
硫酸アトロピン
一般名:アトロピン硫酸塩水和物、硫酸アトロピン(抗コリン薬)
アセチルコリン受容体を阻害し、副交感神経の作用を抑制することで交感神経優位の状態にします。
PCI中では主に徐脈に対して心拍数を増加させることを目的に静注します。
〈使用例〉
1A(=0.5mg)をワンショットで静注する。
〈注意点〉
・投与後も徐脈の改善が見られない場合は一時的(テンポラリー)ペーシングが必要になる場合もある。
硝酸薬
①ニトプロ(ニトロプルシドナトリウム水和液)
②ニトロール(硝酸イソソルビド)
硝酸薬とは、血管拡張薬・降圧薬です。
硝酸薬は一酸化窒素(NO)に変換され、血管平滑筋の弛緩を引き起こします。
投与により速やかに末梢動脈拡張(後負荷軽減)、末梢静脈拡張(前負荷軽減)、冠動脈拡張が得られます。
硝酸薬の種類にニトログリセリン、イソソルビドがあり、イソソルビドの方がニトログリセリンよりも降圧作用が弱く、作用時間が長いとされています。
〈使用例〉
ニトプロ1A(=30mg)を生食に混和し、50〜100μgずつ冠注する。
〈注意点〉
・効果はすぐに現れ、過度に血圧が低下する恐れがある。
・眼圧、頭蓋内圧を亢進する恐れがある。
再灌流障害でバイタルが維持できない時
各種薬剤を使用してもバイタルが維持できない時は、循環を補助してくれるME機器の導入を検討します。
一時的体外式ペースメーカー
硫酸アトロピンなどを使用しても徐脈が改善されない場合、一時的体外式(テンポラリー)ペースメーカーを使用する場合があります。
静脈からアクセスするので、テンポラリーペースメーカー本体とテンポラリーリードのカテ、またそれに合ったシースを準備します。
IABP
大動脈内バルーンパンピング(バルパン とも言ったりします。)は冠動脈血流の増加させ、また左室仕事量の減少から心臓の動きを補助します。
再灌流障害の程度が大きい場合、IABPを導入することがあります。
投薬により再灌流障害の危機的場面を脱して、PCIを継続し治療が終了した後に予防的にIABPを導入して集中治療室に入室することもあります。
VA-ECMO(PCPS)
再灌流障害によりVFとなり、DCの効果も限定的で循環が維持できなくなってしまった場合に導入します。
VA-ECMO(PCPS)は脱血した静脈血を酸素化し、動脈側へ直接送血すると言った非常に強力な補助循環装置ですが、血管の損傷や感染、出血と言った合併症も多く管理が難しいので、最終手段として導入を考慮します。
これらの補助循環装置は再灌流障害でなくとも、Slow FlowやNo reflowによって循環が崩れた場合にも導入する場合があります。
再灌流障害についての考察
再灌流障害の原因は虚血再灌流時に大量発生する活性酸素が連鎖反応を生み、細胞内カルシウム濃度の異常上昇から細胞が壊れていくというのは分かったのですが、ここで私は1つの疑問を抱きました。
「再灌流がきっかけとなって始めの活性酸素が発生しているのに、血管を拡張して再灌流量が増すと、さらに活性酸素が増えて再灌流障害が増悪してしまうのではないか?」
これについて虚血再灌流障害・活性酸素に関する文献を読み、自分としては納得する結論に辿り着いたので、同じような疑問を抱いた方がいたら参考にして下さい。
【ポイント】虚血時に活性酸素の”元”が出来、再灌流で運ばれてきた酸素と結合して活性酸素が完成する。
虚血時に、心筋では様々な形で活性酸素の”元”の様な物質が作られます。
PCI手技を行い閉塞部位の再灌流が得られると、血流に乗って酸素が届けられます。
どうやら活性酸素の”元”にさらに酸素が結合することで活性酸素が完成する様です。
これにはミトコンドリアの電子伝達系の活動も関与しているそう。
冠動脈閉塞を解除すれば活性酸素が完成し、再灌流障害が発生する。しかし冠動脈閉塞を放っておけば、心筋梗塞が増悪してしまう。
…逃げ道がありません。
「それならばこの活性酸素の元がたくさん作られる前に速やかな再灌流を得て、再灌流障害が起こるだろうとあらかじめ予見して観察することが大切だ。」
私はこう結論付けました。
新たなる再循環障害の予防法
再灌流障害について調べていく過程で、気になる記事を発見しました。
繰り返しになりますが、虚血再灌流障害発生の原因は再循環による活性酸素の生成、ミトコンドリアの崩壊に起因する細胞内カルシウムイオン濃度の異常上昇、それによるネクローシス(細胞死)でした。
ある研究ではこれらの酸化ストレスによって誘導されるネクローシスを抑制する"IM-17"という化合物を開発中とのこと。
研究段階では心筋保護効果により虚血再灌流時の心筋壊死および心機能低下の抑制が認められ、ラットモデルにおいては不整脈による突然死が著しく抑制されたそうです。
これが本格的に虚血再灌流障害の予防薬として開発が進めば、急性心筋梗塞の治療成績はさらに良くなりそうですね!
開心術での再灌流障害と心筋保護
最後に、開心術での再灌流障害と心筋保護について考えてみたいと思います。
外科的心臓手術において心内操作をする際は、人工心肺下に大動脈を遮断するため冠動脈への血流はストップします。
このとき晶質液などを冠動脈に直接注入することで心筋を保護しますが、人工心肺下における心筋保護は虚血再灌流障害予防の他に、意図的で速やかな、かつ持続的な心停止を得ることも目的としています。
この目的を達成するために、心筋保護液の成分・至適灌流圧や灌流温度・酸素加や基質の添加・注入時間などを緻密にコントロールして行います。
これを、開心術ではないPCI手技中に応用して考えるのは非常に難しいかも知れませんが、考え方として深めていけば、何かヒントが隠れているかもしれませんね。