現在の集中治療は、あらゆる病態の理解・医療技術の進歩により、以前に比べ治療成績が良くなりました。
この様な背景から、現在の集中治療のテーマはICU退出後・退院後の確実な社会復帰まで見据えた患者サポートとなってきました。
これにはPICSという概念が深く関わっています。
今回は臨床工学技士としての立場から、人工呼吸器の関係について交えながらPICS(ICU-AW)についてまとめました。
目次
PICS
PICS(Post Intensive Care Syndrome)とは、ICU在室中あるいはICU退室後、さらには退院後に患者に生じる運動機能・認知機能・精神機能の障害であり、日本語では集中治療後症候群と呼ばれています。
重症疾患などでICUにて長期間に及ぶ集中治療管理が行われ、退出・退院後にも、
・筋力、体力が低下して回復しない。
・ぼーっとする時間が増えた。
・なかなか寝付けない日が続いている。
などの症状がある場合はPICSが疑われます。
PICSの対象は、退院した患者のサポートを行う家族にも及び、例えば介護疲れなどによって家族に鬱症状が出た場合、これもPICSに含まれます。
PICSという概念が注目され始めたのは比較的最近です。
ひと昔前までは重症疾患によりICUに入室した患者の治療目標は、社会復帰を目指すことは当然のこと、まずは無事にICUを退室・退院させることでした。
しかし近年の重症疾患に対する理解や医療機器性能の向上、適切な患者管理の進歩により、ICUでの救命率は上がり死亡率は低下してきています。
こうした背景により、ただ救命するだけでなく退院後のより充実した社会復帰を見据えた患者管理が求められる様になりました。
PICSを予防し、発症を最小限に抑えることは、集中治療領域においての新たなる目標となっています。
ICU-AWとは
ICU-AW(Intensive Care Unit-Acquired Weakness)は日本語では集中治療獲得性筋力低下と呼ばれます。
重症疾患に対する治療のためにICUへ入室後に、急性に左右対称の四肢筋力低下や、呼吸筋を含む全身の筋力低下を呈する症候群です。
ICU-AWは、概念としてPICSの運動機能障害の1つに含まれます。
ICU-AWは、敗血症や多臓器不全などに罹患した患者では50〜100%の発症率とも報告されています。
その他、過鎮静や必要以上の安静、高血糖、ステロイドの使用、筋弛緩薬なども発症のリスク因子とされています。
急性期に発症するとされるICU-AWですが、患者の短期的な生命予後悪化だけでなく長期的な認知機能や身体機能の障害を残すとも言われおり、これを予防することは患者のQOLを考える上でも非常に重要です。
人工呼吸器によるPICSのリスク
ICU-AW(PICS)は、人工呼吸管理期間が7日以上の患者での発症率が高いというデータがあります。
根拠として、人工呼吸管理は苦痛を伴うため鎮静鎮痛が必要であり、人工呼吸管理期間が長引けばその分鎮静期間も長くなるからです。
過剰な鎮静は自発呼吸トライアル(SBT:Spomtaneous Breathing Trial)を行う機会を失わせ、さらに人工呼吸管理期間が長くなり、ICU-AWを悪化させる「負のサイクル」に陥ります。
この「負のサイクル」から脱却するためにさまざまな方法があり、適切な鎮静法・間隔的な鎮静薬の中断・早期リハビリテーション・ABCDEバンドルが有効とされています。
ABCDEバンドル
ABCDEバンドルの概要
ABCDEバンドルとは、2010年にVasilevskisらによって提唱された「人工呼吸管理が行われている患者のICU-AW予防管理指針」です。
重症患者でも可能な限り覚醒させ、鎮静鎮痛をコントロールした上で自発呼吸を促し、早期離床を目指すことでICU-AWを防ぐことを目的としています。
A:Awaken the patient daily(毎日の覚醒トライアル)
毎日、鎮静薬を中止し意識レベルを確認する。
B:Breathing(毎日の呼吸器離脱トライアル)
毎日、人工呼吸器が離脱できるかどうかを確認する。
C:Coordination&Choice of sedation or analgesic exposure(A+Bの毎日の実践&鎮静・鎮痛薬の選択)
毎日A+Bを実践する。&慎重に鎮静薬や鎮痛薬を選択し、投与量を最適化して中止するタイミングを考える。
(人工呼吸期間やICU滞在日数の短縮、死亡率の減少が報告されています。)
D:Delirium monitoring and management(せん妄のモニタリングとマネジメント)
薬理学介入、非薬学的介入(光・騒音対策・音楽療法など)を行い、せん妄を予防する。
E:Early mobility and exercise(早期離床)
早期リハビリテーションを行う。
ABCDEバンドルの方法
ABCDEバンドルの具体的な方法は、まず鎮静・せん妄の評価を行い、鎮静薬の減量を試みて患者を覚醒させます(SAT)。
患者が覚醒したら自発呼吸トライアル(SBT)を行い、それぞれの基準をクリアしたら抜管を考慮します。
これらが不成功であった場合、鎮静薬を減量してから再開し、これを繰り返します。
この間、リハビリテーションは継続して行います。
ABCDEバンドルによってどれだけICU-AWが予防されたか未だエビデンスが整っていないのが現状ですが、この方法を導入したことにより人工呼吸器不要時間が増加したとの報告があります。
ABCDEFGHバンドル
さらに最近ではABCDEに加え、患者の家族に対するPICS(PICS-F)を予防するために「FGH」が追加されました。
これによりABCDEバンドルに変わり、ABCDEFGHバンドルと呼ばれる様にもなりました。
FGHの意味はそれぞれ次の様に日本集中治療医学会により解説されています。
F:Family involvement・Follow-up referrals・Functional reconciliation(家族を含めた対応・転院先への紹介状・機能的回復)
G:Good handoff communication(良好な申し送り)
H:Handout materials on PICS and PICS-F(PICSやPICS-Fについての書面での情報提供)
多職種連携とチーム医療
上記の通りPICSを軽減・予防するために、幅広い手段が取られています。
それだけに多くの職種が関わり、チームとして包括的に考えていく必要があります。
例えば医師は、常に変化する患者の病態を的確にとらえ、その状況に応じた指示を出します。
看護師はABCDEFGHバンドルの中心的実践や、患者家族とのコミュニケーション・意思決定支援、さらに終末期ケアなどにおいても中心的な役割があります。
ICUにおける専門性の高い看護師が多く配置されていることは患者ケアの向上・チーム医療の推進・患者アウトカムの向上に寄与しています。
臨床工学技士は呼吸リハビリにおける人工呼吸器の操作や呼吸状態の評価を行います。
当院においては人工呼吸器を装着した状態での院内歩行訓練にも同伴することもあります。
理学療法士及び作業療法士は、患者の運動機能の回復・向上のために呼吸リハビリや早期離床、合併症の予防に重要な運動プログラムの立案と実施を行います。
特に、近年のICU-AWに起因した機能障害により退院後も社会復帰が困難となっている症例が問題視されており、理学療法士・作業療法士の役割が増しています。
実際に理学療法士や作業療法士を含むチーム医療では、ICU患者の退院時の機能的自立度を高め、人工呼吸器装着期間やせん妄期間を短縮させたと報告されています。
薬剤師は病態に応じた的確な薬剤選択・投与量・投与方法・投与期間などの提案、患者への薬学的管理、薬物の血中濃度や副作用モニタリングなどを行います。
近年、医薬分業率が高まってきており、ICUにおいても薬剤師の更なる活躍が期待されています。
この様に多くの職種を巻き込み、チームでPICS予防に取り組んでいる場合、PICSは軽減・予防できます。
タスクシフト・シェア以外の面でも多職種連携の重要性はさらに増してきています。
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